『きみのこと好きだよ』 ●読者エピソード
年明け早々、ディスカヴァーに、読者の方から、1通のお手紙が届きました。
お手紙をくださったのは、弊社から刊行されていた「きみのこと好きだよ」という本を探しておられた読者の方でした。
残念ながら、この本はすでに絶版となっているのですが、
連絡をうけたスタッフが、オフィスに保管していた見本用の1冊を探し出してお譲りしたところ、大変喜んでいただき、お手紙をくださったのです。
手紙には、感謝のことばと共に、
どうしてもこの本を手に入れたかった理由がつづられていました。
当時、中学一年生だった息子さんをがんで亡くされたこと。
息子さんがプレゼントに選んだ「きみのこと好きだよ」のこと。
今は、看護助手として働き、この本のページを紹介しながら、
小児がんのお子さんやそのご家族を励ます活動をされていること。
お手紙には、息子さんとの思い出をまとめられた原稿を同封していただきました。
お許しを得て、特別にご紹介させていただきます。
なお、このお原稿と「きみのこと好きだよ」については、「社長室ブログ」でもご紹介し、絶版となっている初代「きみのこと好きだよ」のPDFをご覧いただけるようになっています。
*******************************
十一年前の十月八日でした。
私は中学一年生の三男、拓馬を連れて、国立がんセンターにいました。
人影がまばらになった頃、やっと診察室に呼ばれました。
医師の表情から事態が深刻であることがわかり、私は指の先まで冷たくなりました。
案の定、「一年間の加療が必要です。そのために即日入院してください。」と言われたのです。
その日を限りに笑顔が消えました。私たちは呆然とただ流されていきました。
治療が進み、髪が抜け、眉が抜け、まつげまでなくなりました。
ある日、となりの病室に見舞いにきていた老夫人が拓馬を見て
「まあかわいそうに。いくら子供だからとは言え、女の子と男の子を一緒の部屋にするなんて…。」と言われました。
拓馬は色白のやさしい顔立ちでしたので、女の子に見えたのでしょう。
「毛って、無くなって初めてわかる大切なものなんだね」と、拓馬は言いました。
「生きるため」に毛を失い、見せかけの性別すら失っても、
人を責めずにユーモアで乗り越えようとしている拓馬が痛々しく…、
しかしその気持ちを見せれば、彼を苦しめることになると思い、私は何にも言えませんでした。
数回にわたる化学療法や放射線療法、手術を受けましたが、再発、転移が起こりました。これ以上の治療を望めなくなったある日、拓馬が言いました。
「お母さん、人って死ぬとどうなるの?」
肉体が無くなった時の「存在」が気になっているようなのです。
私は、五歳の時に父を交通事故で失った時の経験を話しました。
「お父さんの体はなくなったけれど、私の中で生き続け、私が嬉しい時、苦しい時、判断に迷った時、様々な時に、共に喜び、声をかけて励まし、導いてくれたのよ」と。
人が肉体を失っても、なお生きている人たちと交流をもち、彼らの心に生き続けることを話しました。
「僕、みんなとずっと一緒なんだね。よかった!」
拓馬は眼を輝かせて言いました。
「僕、お母さんに話を聞いてもらうとホッとするんだ。
僕がいなくなったら、僕みたいな人がたくさんいるから、その人達の話を聞いてやってよ」
「残念。お母さんには、そんな力はないよ。」私は、答えました。
「わかってるよ。お母さん一人にやって欲しいとは言わないよ。
必ずそばに僕がいるからさ。僕と一緒なら出来るでしょ!」
「ほんと?でも『ゲームの最中だから』とか言って来なかったりして…」
「お母さんが約束を破ることはあっても、僕は約束をちゃんと守るよ。」
拓馬はきっぱりと言いました。二人でした指切りは、とても暖かく指に残りました。
私は、拓馬に残された時間がわずかである事を口にしませんでしたが、
再発転移も、残された時間のことも、彼は解っていたようです。
だからこそ私たちにメッセージを残したのだと思います。
拓馬の葬儀の翌朝のことです。
食事の準備をする気になれず、近所のコンビニへお弁当を買いに行きました。
自転車にまたがり、後方確認をした時、私の右肩あたりに、確かに拓馬が…、
健やかだった頃、連日の水泳部の練習で得た小麦色の頬をしていました。
拓馬の笑顔が戻ってきたのです。
「な~んだ。そこにいたの?これからお母さん、飛ばすわよ。落っこちないで、ずっとそこにいてね。」
私は思わず声をかけていました。
拓馬は、大丈夫だよ、というように目で合図をしました。
私が、拓馬と共にいることを実感した最初です。
再び届いたメッセージは、拓馬が肉体を失ってから十日後、その日は夫の誕生日でした。
以前、拓馬とこんな会話をしたことがあります。
「もうすぐお父さんの誕生日だね。
その日はあの本屋さんに僕と一緒に行ってね。そして本を一冊プレゼントするから。」
「お父さんは、本大好きだから『一冊じゃたりない』って言うかもよ。」
「いーや。プレゼントするのは一冊でいいんだ。
でもこれは今までお父さんが読んだことのない本で、
これが気にいったら次はお父さん自身が買うと思うよ。」
「そうなんだ。じゃあ、一緒に行って一緒に探そうね。」
約束通り、その日にあの本屋さんへ行きました。
「どの本なのか、はっきり教えてね。」
と心の中でずっと拓馬に話しかけていました。
すると、本棚から私の目に飛び込んできた一冊がありました。
それは、小さくて、可愛くて、値段も安い、いかにも若い女性が好みそうな本でした。
「まさか、この本?」
ホントに今まで夫が手にしたことがない分野の一冊です。
私は本屋の中を何度もくまな探し、とうとう一時間が経ちました。
でも拓馬が信号を送っているのは、この本以外にありません。
仕方なくレジでプレゼント用のラッピングをしてもらいました。
「これ…。ターボからのプレゼント。」
ラッピングをほどき、本が顔をだした時、夫が叫びました。
「あっ!思い出した。俺、ターボにこの一言を言われて、とってもうれしかったんだ。」
夫の目は、輝いていました。
表紙には「君のこと、好きだよ。」と書かれていました。
夢は、自分で見るものですが、本当に自分が作りだしているものでしょうか?
「ターちゃん、ふっか~つ!」
ある日、拓馬の元気な声が響き渡り、私はびっくりして目を覚ましました。
何があったのでしょう?
私は、あちこち変化を探して家の中をうろつきました。
ベランダに目をやった時です。
二年もの間水もやらずに放っておいた、サボテンが目に入りました。
これは、拓馬が初めて自分のお小遣いをだして買ったものです。
本来ならば枯れても良いはずのサボテンに、「元気な僕を見て!」とでも言っているかのように、真っ赤な花が一つ咲いていました。
数時間後に、拓馬のお世話になるお寺から、「戒名が決まりました。」と連絡が入りました。
戒名とは、魂につけられる名前という事を以前聴いた事があります。
葬儀の時にすぐにつける気になれず、お寺も決めず、拓馬として生きていたという記念の遺骨を一年間もそばに置いて…やっと肉体から離れた拓馬を認める気になった日の事です。
そのサボテンは、すくすくと成長し、今では周りに大きいのやら小さいのやら、
本当に沢山の子供を増やして…手頃な大きさだったはずの植木鉢が、
とても窮屈に見えます。
こんな夢を見たこともあります。
肉体を失っても魂として存在し続ける拓馬を確かに感じて毎日過ごしているのに、
私は時々どうしようもなく寂しさに押しつぶされそうになります。
その日もそうでした。私は、その気持ちを抱え込んだまま眠りにつきました。
「僕は、いつもここにいるのに…。
寂しいと思う、そのお母さんの気持ちが、僕は寂しいよ。」
寂しげな、力のない拓馬の声が聞こえました。
ハッとして目を開けてカレンダーを見ると、今日は拓馬の二十回目の誕生日です。
「アレッ?ターボの誕生日に私がプレゼントをもらっちゃった。『ごめんね。』いつまでも、心配ばかりかけている頼りないお母さんだよね。だからずっとそばにいてね。」
穏やかにほほえむ拓馬の遺影に手を合わせて…、
もう一度遺影を覗き込むと「大丈夫だよ。」と優しく合図してくれているように見えました。
(「がん患者と家族の語らいの会」寄稿原稿より)




時々、夢にうなされて目が覚める。大切な家族が奪われる夢である。うなされて目が覚めたとき、子供の安らかで、温かな寝顔と吐息でほっとする。「なんて幸せなのだろう」それでも、幸せが奪われるときのことを思わずにはいられない。
お父さんへのプレゼント「きみのこと好きだよ」は、気持ちを言葉に出来ないのがもどかしい。良いところ、悪いところ、へんなところ、おかしなこと・・・すべてをひっくるめて、存在している君が好き!受け取った方の思いがわたしの胸にもこみ上げてくる。
1年かけて起こったことを受け入れ、お子さんの遺志を継ぎ、お子さんを傍らに感じて活動するお母さんは強い。わたしなら、耐えられずに、人の道を踏み外すかもしれない。そんな自分が怖い。
最後に、
「なぜもう一冊本が必要になったのか?」
を理解することが出来なかったのは、わたしが未熟だからだろうか?本をなくされたことは考えにくい。話をして、どなたか親しい方に本を贈りたくなられたのかと想像するが・・・
良い話をありがとうございました。
投稿: isoberry | 2009年1月 8日 (木) 22:05
isoberryさま
コメントありがとうございます。最後の疑問、実はわたしも思っていました。この点について、拓馬くんのお母様より、メールでお返事が来ましたので、ご了解をいただき、いかのように、公表させていただきます。
****
「きみのこと好きだよ」がPDFで、身近な存在として逢えたこと、とても嬉しいです。
復刻を考えてくださっているとか、、、して頂けたら、送りたい方が沢山います。
私の講義録にお返事をくださった方、、、「どうしてまた一冊?」とおっしゃっていらっしゃいましたね。
最初の一冊は、息子から夫(父)へのプレゼント。それは私のもの(へのメッセージ)ではありませんでした。
私は、息子から私へのメッセージが欲しかった。だから今回「どうしても」と無理なお願いをしたのです。
私には息子からのメッセージが届くまでに10年という時間が必要だった。やっと届いたメッセージは、「ともに生きてくれるきみ(お母さん)のこと好きだよ」だったように思いました。
様々な関わりを通して、私はまた、息子と共に、そして小児がんという病を通して知り合えた仲間と共に生きていきます。
本当にありがとうございました。
投稿: 干場弓子 | 2009年1月10日 (土) 01:16